Sunday, October 29, 2006
132年前

132年前というと、日本は明治7年。民撰議院設立建白書が提出され、佐賀の乱が起きた年にあたります。
写真の家が建てられたのがその132年前、1874年のことです。
土曜日から一泊で、家内の友達が所有するこの避暑用の家に出掛けてきました。
「マサ、家が古いので、2階には暖房がないからそのつもりで来てくれ。」と電話で言われ、どの程度古いのか想像もつかないまま、我家から南に車を走らせること2時間半、到着したのがこの家です。
この地は避暑地として有名だそうで、全長29キロメートル、幅500メートルほどの、南北に細長~い島です。20世紀初頭に避暑地として開かれ、今に至っているのだそうです。
外装はオリジナルの黄色、窓枠は緑の洒落たお家です。寝室は8つあり、大家族で泊まりにきても、友人を何人招待しても構わない避暑の家だったのでしょうね。因みに大西洋までの距離は30メートル。
この家はこの地域で最初に立てられた避暑用の家という栄誉を担った家なのだそうです。
Monday, October 23, 2006
ブラウン ライス

久しぶりに出会った知合いの女性と話をしていて、突然、「Uちゃん、顔が光り輝いているね!」、と思わず言葉が口をついて出てきました。
「そうですか~?やっぱりそうなんですね。ほらマサさんのとこで玄米食を経験してから私も玄米に切り替えたでしょ・・・、あれから3ケ月、K子さんが言ったとおり3ケ月経ったら、しみとかそばかすが消えてるんですよ~。」
「あ~、やっぱり、なんかね、顔が輝いて見えるからそうかなあ、とは思ったんだけど。お化粧の乗りもいいでしょ?化粧しなくてもいいぐらいじゃない?」
「そうですね~。それからあまりわからないけど、わき腹の余計なものもなくなってくれて・・・へへ。」
この女性とは一ヶ月ほど前にも会ったのですが、その時も、『あれ、ずいぶん顔つきが明るくなっているな。』とは感じていました。
効果のほどが実感できたせいか、手元にマクロビオティック料理に関する雑誌を何冊か置いていたので、見せてくれました。
その中に、30年以上も前からマクロビオティックを実践しているアメリカ人女性が紹介されていましたが、写真の顔が光り輝いているのです。単に撮影の仕方によるものではない、そんな輝き方でした。
玄米を食べ続けると、顔が光り輝くようになる、ようです。内側から光る電球のような感じかなあ。
Wednesday, October 18, 2006
ありがとう

きょうは用事があってマンハッタンに行ってました。
NJに戻るフェリー乗り場行きのバスに乗っているときのことです。杖をついた女性とその娘さんらしき女性が生れたばかりの赤ん坊を抱いてバスに乗ってきました。
それを見て、わたしは自分が座っている席から前の席に移動しました。わたしが座っていた席は、乗り込んできたドアから座りやすかったからです。杖をついた女性はわたしに礼を言って座りました。
さて、フェリー乗り場に到着して、桟橋でフェリーを待っているときのことです。
一人の女性がわたしに近づいてきて、「チョットよろしいかしら?」と訊ねてきました。
「なんでしょうか?」
「先ほどあなたは席を譲りましたね。その時譲られた方はあなたにお礼を言っていなかったように見えたのですが・・・。」
「イエ、ありがとう、と言っていただきましたよ。」
「あ~、そうでしたか。それならばいいんです。もしあの方があなたにお礼を言っていなかったのであれば、私が代わりにお礼をあなたに申し上げようと思って・・・。よかったです。」
「そうでしたか。それはご丁寧に気を遣っていただいてありがとうございます。」
実はアメリカに18年住んでこのような申し出を受けたのはこれで3回目です。
どういう気持ちで見も知らない人の代わりにお礼を言おうと思うのか、たいへん興味深いのですが、いずれにせよ「ありがとう」という言葉が途切れないようにする、という精神(気持ち)は大切な感覚ですね。
Friday, October 13, 2006
フェア
ギャレットは同じ通りに住むご近所の10歳になる男の子。日本式に言えば男3人兄弟の長男で、小学校4年生かな。夏の芝刈りがたいへんになり始めた頃、ギャレットがわたしのところへ訪ねてきました。
「マサ、話があるんですけど・・・。」
「なに?」
「マサのところの庭の草刈をやらせてもらえませんか?」
「いいけど・・・、大丈夫かい?できるの?」
「だいじょうぶ!できるから。」
「じゃあ、1回7ドルでどうかな?」
「ん~、10ドルでどうでしょう?」
と、交渉されてしまいました。キチンと前向きに交渉してくるのが気に入ったので、1回10ドルで商談成立。
それからほぼ毎週芝刈りに汗を流してくれていました。
さて、季節はもう秋。毎日落ち葉が雨のように降り注いでいます。掃いても掃いても・・・、頭上には木々が7割以上の葉っぱを未だに保持しています。去年の落ち葉との戦いを繰り返すべきか、業者に頼むべきか、逡巡しながらドライブウェイと前庭の落ち葉の始末をしていました。。
するとギャレットがやってきて、「落ち葉はき、手伝いますよ。家からブロワー(落ち葉を吹き飛ばし、集めるための機械)持ってくるね。きょうはお金要りません。」
「そうはいかないよ。ちゃんと払うから。」
彼は17キロあるブロワーを背負い、落ち葉を吹き飛ばしながら上手に一ヶ所に集めてくれました。
お駄賃を受取りながら、「マサ、ここをブローしただけで10ドルはフェアじゃないから、落ち葉の袋詰めもボクがやっておきます。だからもう家に戻ってくれていいですよ。」
「わかった。それは助かる。それに確かにフェアだね。」
10歳の子供が交渉をし、料金に見合った仕事をしようとする。やはりこの国は捨てたものではないな、と思う瞬間です。
そして「フェアである」ということが、いかに大切にされているかも、よく理解できるエピソードでした。
Sunday, October 08, 2006
思い込み

わたしが長いこと抱えていたふたつの思い込み・・・、
ひとつは、「自分の食習慣は変えられない」、ということ。
もうひとつは、「これが自分の体質」、ということのふたつです。
このふたつの思い込みが、根深く繋がっていたことに気が付いたのは、つい最近のことです。
食習慣については、小さい頃から、肉類、乳製品、甘いものが好きで、小学生までは、牛乳を水代わりに毎日2リットル飲むほどの牛乳好き。食間はもちろんのこと、食後は必ずデザートをとるというのが、つい最近までの習慣となっていました。この3つのものから離れることなど、わたしには考えも付かないことでした。
体質については、小さい頃はひどいアレルギー体質で、長じてからもデキモノが出やすく、胃腸も丈夫ではなく、ガスも溜まりやすい体質でした。しかも極端な冷え症で、手足はいつも氷のよう、体温は35度前後。おかげで夏はそれほど辛くなかったのですが、冷房はまったくダメというありさま。でも、小さい頃からこのような体質だったので、『これが自分』だったのです。
これが大きく変わったのは、今から2年半ほど前のことです。家内とのコーチングがきっかけでした。3ヶ月間、家内の「食」に対する想いに耳を傾けることで、肉、乳製品、甘いものから離れることを理解しただけではなく、自然に受け入れる身構えが整っていたようです。
肉類、乳製品、甘いものの消費を少しづつ落し、玄米を中心とする野菜、特に根菜類に転換し、甘いものは精製された砂糖ではなく、米飴、甜菜等などの自然の甘味類を採るようにしました。ようするに、精製されたもの(白米、白砂糖など)の摂取を極力排除したわけです。
これを初めて3ケ月経ったころから、胃腸の調子がとても良くなっていることに気が付きました。ガスも溜まらなくなっていました。その頃、シャワーを浴びている時に気付いたのは、両足の裏の特定部に湿疹が出てきたことです。
身体のどこかに対応している、と感じたので調べたところ、その箇所はは胃腸に対応している部分でした。排毒が行われていたわけです。足のかかとの角質もいつの間にか消えていました。
さらに2ヶ月経って、手足が冷たくないことに気付きました。夏でも氷のように冷たかった手足が普通の温度になっているのです。体温を調べたところ、36度前後で安定するようになっていました。
甘い食品には、大量の砂糖が使用されています。砂糖は疲れをとるのに優れた食品だと言われ、その通りなのですが、効きが強すぎる。反動として、急速に気分が落ち込み、ネガティブな感情に陥りやすい。わたしはそういう感情のヨーヨー状態を45年近く続けてきたわけで情緒が安定するはずがありません。カッとしやすい性格でした。
今では、感情の起伏はかなり平坦になっています。怒ることも少なくなっています。
さて、このように体質が大きく変化した結果、何が起きたか・・・、50にして娘を授かりました。
男性側の体温が受胎に大きな役割を果たしている、ということを知ったのは最近のことです。なるほど、そういうことだったのか、と今では良くわかります。
思い込みを手放したら娘が授かった、というお話でした。
Monday, October 02, 2006
掃除

あなたの冷蔵庫にはどれぐらい前の食品が貯蔵されていますか?
知合いに、2年前に作ったタレを大切に冷蔵庫にしまっている(いた)方がいます。その他に2年以上経った食料も、棚にギッシリしまわれているのです。
この方が一大決心をして、冷蔵庫と棚に貯蔵してある食料の大掃除を開始することにしました。
実は、ちょっと整理をしただけで、新たなより良いもの(食料ではなく)がドンドン入ってくることに気がついて、手放す気になったようです。
この方には、食料がなくなることに対する恐怖感が根強くあり、食べもしない食料品を溜め込む、という習慣が40年にわたって続いていました。
最近、その方は自尊心とプライドを強く認識し、その結果、「自分は大丈夫なんだ」という確信を持つことが可能となり、貯めこんでいた食料を手放すという行為に繋がったようです。
この方にとって、貯め込んでいた食料を手放すという行為は、自分の中にあった恐怖心や不必要なものにしがみつくという癖を放棄するという、象徴的なものなのです。
我家にやってこられて、「冷蔵庫の中をを一掃する!」、と宣言して帰っていかれました。帰ったその日、ただちに作業に取り掛かり、大きなプラスティックの袋3つ分の食料品をさっそく処分したそうです。
この方のところに、どでかい新しい何かがやってきそうな予感がします。
今度連絡するのが楽しみ。

