親バカ=承認
生れてきた子供の鼻が低かろうが、団子鼻だろうが、おでこが大きすぎようが何だろうが、自分の子供はかわいい、ということに気がつきました。
いわゆる「親バカ」です。
子供が動いたと言っては喜び、笑ったと言ってははしゃぎ、とにかく何をしてもそれは喜ぶべき対象になるのです。
この子が将来どんな人間に成長するのか、今の段階では検討もつかないのに、親は生れてきた子を丸ごと認めているわけです。鼻が低いのも、胴が長いのも、よだれを流すのも、うんこ、おしっこをするのもそのまま丸ごと受け入れて、親は喜んでいるわけです。
おそらく、一人の人間をこれだけ無条件で受け入れ、認めるという行為は、他にはほとんどないでしょう。これを万人に対して出来るのが聖人であり、神様なのかもしれません。
「親バカ」であるということは、究極の「承認」行為であるように感じます。そしてまた、親バカにならなければ子供は育てられないのだ、ということも理解できました。
人との関わりの中で、自分の赤ん坊との関わり方の百分の一でも示すことができれば、人間関係は大きく改善するような気がします。
それほど親は赤ん坊を認めている、ということなのでしょう。
赤ん坊は、不案内な世の中に出てきて、親の無条件の承認に背中を後押しされて、成長の一歩を踏み出していくのかもしれません。


