Thursday, August 25, 2005

親バカ=承認


親になってみて、気がついたことが一つ。

生れてきた子供の鼻が低かろうが、団子鼻だろうが、おでこが大きすぎようが何だろうが、自分の子供はかわいい、ということに気がつきました。

いわゆる「親バカ」です。

子供が動いたと言っては喜び、笑ったと言ってははしゃぎ、とにかく何をしてもそれは喜ぶべき対象になるのです。

この子が将来どんな人間に成長するのか、今の段階では検討もつかないのに、親は生れてきた子を丸ごと認めているわけです。鼻が低いのも、胴が長いのも、よだれを流すのも、うんこ、おしっこをするのもそのまま丸ごと受け入れて、親は喜んでいるわけです。

おそらく、一人の人間をこれだけ無条件で受け入れ、認めるという行為は、他にはほとんどないでしょう。これを万人に対して出来るのが聖人であり、神様なのかもしれません。

「親バカ」であるということは、究極の「承認」行為であるように感じます。そしてまた、親バカにならなければ子供は育てられないのだ、ということも理解できました。

人との関わりの中で、自分の赤ん坊との関わり方の百分の一でも示すことができれば、人間関係は大きく改善するような気がします。

それほど親は赤ん坊を認めている、ということなのでしょう。

赤ん坊は、不案内な世の中に出てきて、親の無条件の承認に背中を後押しされて、成長の一歩を踏み出していくのかもしれません。

Monday, August 22, 2005

ブロードウェイ

久しぶりにお芝居を二本、立て続けに観てきました。

ひとつは日本でも劇団四季でお馴染みの「Mama Mia!」、もうひとつは2001年にトニー賞12部門を総なめにした「The Prodeucers」。どちらも肌合いは全く異なりますが、どちらも見応え充分の作品です。

「Mama Mia!」は、私が学生時代に一世を風靡したアバの曲のオンパレードで成り立っている芝居ですから、身体も口も自然に動いてしまう楽しさがありました。

それにしても感心するのは、アバの全ヒット曲(歌詞)を素に芝居を作ってしまったという点です。発想力の豊かな人っていうのはいるものなのですね。最後は観客が総立ちになって一緒に歌ったり手拍子を打ったりしてその楽しいこと。

一方の「The Producers」は、典型的なアメリカの喜劇。メル・ブルックスによる作品で、その面白さはたとえようがないぐらい。最初から最後まで笑いっぱなしで3時間があっと言う間にすぎてしまいました。

ストーリーは50年代のブロードウェイが舞台。落ち目のプロデユーサーと気の小さい会計士が組んで、つまらない芝居を打って、一儲けしてとんづらしようと企てるのですが、案に相違して芝居は大ヒット、メル・ブルックスの力量と特徴が余すところなく出ているとても楽しい芝居でした。俳優さんたちの力もお見事!の一言。

一緒に芝居を観に出掛けた友達とも話したのですが、「Mama Mia!」は劇団四季でもできるけど、「The Producers」はアメリカでしかできないお芝居だね、ということで意見が一致しました。「Mama Mia!」がアバの曲を擁してグローバル的なのに比べると、「The Producers」はとてもドメステイックなお芝居です。

「もしこの二つのうち、もう一度観るとしたら?」

「The Producers!]

「わたしも!」

今度は子供を誰かに預けて、家内を是非とも連れて行こうと考えています。



Sunday, August 14, 2005

暑い・・・

夏は暑いのがあたりまえ・・・、なのですが、昨今は暑すぎませんか?

NYは東京や京都に比べると湿度が低いので、まだしのぎやすいと思いますが、それでも38度になるとさすがに暑い。
外出は用がないかぎり、控えたくなります。

以前、学生時代に書いていた一口日記のようなものを見つけ読んでいましたら、「きょうは31度を記録、とても暑い。」という記述がありました。今から30年前、夏でも気温は30度前後で、30度を越えると暑い、という感覚だったことが分かります。

この分でいくと近い将来、大都市圏は40度以上が普通になるかもしれません。

先日ポルトガルの幼なじみからメールがあり、同国は現在異常に乾燥しているため山火事が絶えず、水源地は危機的な状況にあり、たいへんなようです。

ある日の夜、あまりにも暑いので近くの海辺を散歩したそうですが、その日は深夜で33度を記録、煙のようなとばりが下りている感じで、とても夕涼みをしている気がしなかったので早々に帰った、とありました。

暑くなれば皆さらに冷房を使用し、そしてさらに外気温が上昇し・・・、エンドレスな暑さになりそうですね。

風鈴とよしずと朝顔と縁台、そしてうちわ。これだけで涼を感じ取れる時代は、はるか昔のことになってしまったようです。

Sunday, August 07, 2005

ご利益


99年に帰国した時、家内は日本で仕事をすることを考えていなっかたので、子供を作って子育てをしよう、ということになりました。

アパート選びの条件も、妊娠した時のことを考えて、築地の聖路加病院にアクセスしやすいことも選定条件の一つでした。因みに他の条件は、川の傍(隅田川)、良い食材の手に入るところ(築地、人形町)、成田にアクセスしやすいところ(TCAT)などでした。

しかも選んだ場所は、子授かりで有名な「水天宮」の近所だったのです。そこに住みついて早々、さっそくお参りにいき、お札もいただいてきました。

ところがとんと音沙汰がないのです。医者に通ってまで子供を授かろう、という気持ちは二人にはありませんでしたので、とにかく成り行きまかせ。水天宮の近所に住んだ5年間は、まったくご利益がありませんでした。

我々には子供ができないのだな、と納得して、去年の10月にいよいよNYに戻ってくることになりました。

家内はマンハッタンでやりたいことが山済みで、張り切って戻ってきました。10月末には生理もいつものようにありました。

ところが翌11月の末になり2週間経っても音沙汰がありません。本人は体調を崩した程度に考えていたようですが、私の記憶では、これほどずれたことはありません。

そこで市販の検査キットで確認したら、妊娠が判明。

5年もの間水天宮のご利益を拒否し続け、マンハッタンに戻ってきた途端にこの世に出てくることにしたこの赤ん坊の意志はいったい何なのだろうと、二人でおもしろがっています。