Friday, November 24, 2006

プレイボーイ.com & SEX


ご近所の奥さんが夕方、「お菓子作ったの。食べてくれる?」と、おいしいタルトを持ってきてくれたときのことです。

話をしていきたいようなそぶりだったので、「お茶でも飲んでいきますか?」と家に招じ入れました。

「ギャレットに彼女ができたっていう話はK子から聞いたでしょ?ホント、最近の子は早いわね。きょう私のPCの検索履歴を見ていたら、プレイボーイ.comと、SEXの文字がでてきたの。私は打ち込んだ覚えはないし、主人も自分のPCがあるから、ハハ~ン、ってすぐにわかったから、息子にね、お母さんは検索履歴をいつも確認するのよ、って一応言っておいたわ。」

なるほどね、10歳にして彼女ができて、念のためSEXについて調べておきたかったのかな?

「私も試しにSEXと打ち込んだら、それこそ無数のサイトにヒットしたから、息子も驚いたと思うわ。あれじゃ、情報ばかり多くて、逆に知りたいことが分らなくなってしまうわね。主人にこのことを話したら、知りたい年頃だから見るのは仕方がないけど、これからは、見る時は父親か母親に断って、どちらかと一緒に見るのならば構わない、という風に言ってくれたの。隠れて見られて変に理解されるのが一番こまるって。」

彼が7歳のとき、ヒョンなことから男と女のことを知り、「お父さんとお母さんもあんなことをするの?」と聞かれたときは、大いに慌てたそうですが、今ではその事実をチャンと受け入れているそうです。

といった会話で話が弾み、性に対する正しい知識の大切さと、変に隠さないことの大切さについて意見の一致をみました。

それにしてもなあ、わたしが10歳のときなんか、好きな女の子はいたけど、性に対する認識はゼロに等しく、デートをするなんざ百年早いといった風潮だったような気が・・・。

「そうよ、私だって初めてのキスは16の時だったんだから・・・。」

ふ~ん、アメリカ人にしては・・・。

「そう、私は恥ずかしがり家で、社交的じゃなかったし。」

なるほど。

小さい時でも、男女が互いを想い、惹かれあうというのはすばらしい体験ですよね。

Friday, November 17, 2006

日本の4女性による現代詩


きのう初めて詩の朗読会に出掛けてきました。

詩と言えば、学校で習った与謝野晶子、島崎藤村、宮沢賢治、漢詩など、今でも空で言える詩はあります。でもその程度。現代詩など近くに寄ったこともありません。

日本に滞在している時、「ぱくきょんみ」という詩人の方と知合う機会がありました。

その方から、このたびマンハッタンのBowery Poetry Clubというところで、『現代日本女性詩人の祭典』が開催され、現代日本女性詩人の一人として参加するので来ませんか、とのお誘いをうけたのです。

4名の詩人とは、水無田気流氏、関口涼子氏、新井高子氏、そしてぱくきょんみ氏。

行ってみて驚いた。満員。嵐模様の悪天候にもかかわらず、満員。詩、しかも日本の現代詩に関心を持つ人間がこれほど多いとは・・・というのが最初に感じたこと。

もうひとつ驚いたのは、英語への翻訳が見事になされていたこと。単なる翻訳ではなく、英語訳の詩そのものが活き活きとしていることに驚きました。訳した方の力量、恐るべし。

詩という表現法のおもしろさも味わえました。同じ日本語のはずなのですが、異なった言語に聞こえるのが不思議な感じ。

きょんみさんからお誘いを受けなければ、詩の朗読会に出掛けることはなかったと思います。声をかけていただいたお蔭で、全く新しい体験ができました。

写真の本は、この4名の詩を掲載した雑誌です。表紙のデザインは、きょんみさんのご主人、造形作家おかざきけんじろう氏の手になるものです。

Wednesday, November 15, 2006

甘えと自立


「子供を自立させる」、ということについて、最近ようやく頭ではなく、腹で理解できるようになった気がしています。

子供を自立させるということは、突き放して厳しく躾けることによるのではなく、存分に甘えさせることにある、ということは何となく頭で理解したような気がしていました。

娘が生まれてその小さな生命を我が手に抱くうちに、それまで話に聞いて頭で理解していたことが、実感として皮膚感覚で分るようになった感じです。

わたしの家内は自立心、独立心にあふれた女性です。

その彼女は生まれて3歳になるまで母親に糊のようにくっついて離れない子供だったそうです。母親に抱かれて人と目が合っただけで泣き出すほど。祖母に預けられた家内が、母親が戻ってくるまで一日中泣き続けた話は今でも一族の間では語り草で、そのK子がねえ・・・というのがたいていの落ちになるのですが・・・。

その母親べったりの彼女が、3歳になったある日、突然母親離れを果たします。

デパートに行っても、母親と年子のお兄ちゃんが買い物をしている間、黙って入り口で一人待っていたり、電車、バスに一人で乗り込んだり、その後の彼女を彷彿とさせるような行動を取り始めます。

ひとりでも平気な3歳児の誕生です。

わたしは以前その話を耳にした時、「人は変われば変わるものだ」程度の認識しか持っていませんでした。

3年にわたって子供に糊のように貼りつかれていた母親はたいへんだったと思うのですが、家内の母は嫌な顔を見せずに自分にしかなつかない我が子を抱き続けていたようです。

自立心を育てる最良、最速の方法は、子供の頃にゲップが出るほど甘えさせることにあると冒頭に述べましたが、家内のケースはまさにこれに該当しています。

そしてその自立のタイミングを決めるのは、親ではなくて子供本人が決める、ということも大切なポイントらしい。

不安な自分をいつも受け入れて抱きしめてくれる母親の存在に安心し、人間は信頼できるものだ、という信頼感を醸造できたのでしょう。おそらくその感覚が確固としたものになった時点で、もう離れても大丈夫と、自分から離れていったのでしょう。

ご近所さんは我が娘のことを、「ミス・インディペンデント(独立独歩お嬢さん)」と呼びますが、その母親こそ元祖ミセス・インディペンデントでした。









Sunday, November 12, 2006

兄弟とBrother  -あるいは姉妹とSister-


この時期の話題というと・・・「落ち葉」。

写真は、自分よりも背の高い紙袋を右手に、ホウキを左手に落ち葉掃きを手伝う健気な我が娘の雄姿です。

きょうは昨日と打って変わって、いつ降りだしてもおかしくない曇天。しかも予報では大雨警戒警報が出ていました。

そんな天候の中、ご近所のギャレット君とその弟2人が応援に駆けつけてくれました。

ギャレットは以前にも当ブログにも登場したことがある10歳の男の子。2番目が8歳のダニエル、そして6歳のタイラー。

ギャレットはともかく、他の二人は、落ち葉を吹き飛ばすためのブロワー(ヘアードライヤーのお化けのような装置)を扱いたいのと、一番上のおにいちゃんがやっていることを真似したいのと、お小遣いがもらえる、ということなどから参加(おそらく)。

さて、アメリカで暮らし始めてしばらくして気付いたのは、アメリカでは「兄、弟あるいは姉、妹」という意識が薄い、ということです。

例えば、「彼(彼女)はわたしのBrother(Sister)です。」と紹介された場合、それが兄なのか弟なのか、姉なのか妹なのかが分らない、ということに最初は少しとまどいました。上か下かはまったく気にしないのです。つまり同等。日本のように、兄だから姉だからという枠組みもないようですし、その点はいたってシンプル。

したがって、ギャレットがお兄ちゃんなんだから・・・、という「長幼の序」の論理は通用しません。
なぜ2人はギャレットの指示に従って仕事を進めなければならないかを、キチンと説明する必要があるのです。

それは簡単、「わたしはギャレットと落ち葉掃除の契約を交わしている。君たち2人がこの仕事をしたいのであれば、君たちはギャレットのアシスタントとなり、彼の指示に従う必要がある。」、と6歳と8歳の子に説明するのです。すると「わかった。」と言って理解してくれます。

お駄賃はあくまでもわたしがギャレットに支払った分から、ギャレットが妥当と考える金額を2人に渡す、ということです。

ギャレットが年上でお兄ちゃんなんだから・・・、と言っても受け付けてはもらえません。彼らの意識の中ではあくまでも同等なのです。

兄弟(姉妹)とBrother(Sister)は別物とお心得ください。

DとR


最近の車はほとんどがオートマ車ですから、DとRは運転をする人たちには馴染みがあるアルファベット頭文字のはずです。

そう、DとRは車の変速機についている文字で、D(Drive)は前進させる時、R(Reverse)は後退させる時に使います。

わたしの知人が、とある業界の集まりでワシントンD.C.に行きました。それは民主党が中間選挙で圧倒的な勝利を収め、上下両院を制した翌日のことでした。

そこでゲストの方々が興味深いお話をされたそうなのですが、わたしの知人は、中でも民主党議員の話にいたく感心して、その話の内容をわたしに話してくれました。

話を聞いてわたしが一番気に入ったのは、最後の下り。

その議員氏、『DはDemocrat(民主党員)のD、RはRepublican(共和党員)のRであることは皆さんご存知の通りですが、DとRが車の変速機としてどんな意味をもっているかも皆さんご存知ですよね?』、と言ってニャッと笑ったそうです。

こちらの政治家でいつも感心することの一つは、ほぼ例外なく話や洒落がうまいということです(ヒラリー・クリントン上院議員なんか最高ですよ)。

それにしても20年近くアメリカに住んでいて、このDとRには気がつかなかったなあと、知人の話にわたしはひとしきり感心をしておりました。

ところで、なぜDが青色でRが赤色かと言いますと、青は民主党の、赤は共和党のシンボルカラーだからです。


Tuesday, November 07, 2006

水彩


8年ぶりに水彩の筆を手にしてみました。

何を描いたのかは自分でもわからない。シャープペンを手に、手がおもむくままに線を描きました。左を基点に、線が右方向へ流れていく感じです。

線を描き終わって、色をいれてみました。最初は華やかな色を入れていきましたが、下半分は落着いた色にしたくなって、緑ぽい色合いに。

何となく花(植物)のようなイメージになりました。生命、魂の動きと絡み合い、そんな感じもします。

自分の今の気分(状態)を描いたような気もします。

たまに色とかかわると、とても良い気分転換になります。

Wednesday, November 01, 2006

ハロウィーン


昨日は、子供たちにとってクリスマスと並ぶ2大イベントのひとつ、ハロウィーン。

娘にとってはハロウィーン初デビュー。それでご覧のとおり、カボチャになりました。

朝の9時から小学校で行われる小学生の仮装パレードを見物。先生も子供たちもみな本格的な衣装で身を包み、見応え充分。

娘は、当然ながら観客サイドにいたのですが、パレードをしている子供たちからの、「わー、カボチャ!かわいい!」という声に気をよくし、小学生たちのパレードに加わって沿道からの声援にたいへん満足をしていました。

娘のような年齢から3歳ぐらいまでの子供たちは、親に付き添われ、午後4時頃から家々を回り始めます。ドラゴンからドラキュラ、妖精、お姫様、スーパーマンと様々な色とりどりの衣装に包まれたチビたちが通りを歩き回る姿は、微笑ましい。

暗くなる頃からはより年齢が上の子供たちが回り始め、用意したお菓子は瞬く間になくなっていきます。

お菓子を手に入れるたびに、「サンキュー!ハッピー ハロウィーン!」と言いながら立ち去っていきます。お菓子を選ぶ時の目つきは真剣そのもの。どこの家にはこんなお菓子があったよ、という情報交換もしっかりと交わされているようです。

さて、来年はどんなかっこうになるのかな。